
2025年、Adoの自身2度目となるワールドツアー【Ado WORLD TOUR 2025 “Hibana” Powered by Crunchyroll】の動員数は50万人を突破 。今年、2026年5月には、日本人アーティストのみによる海外フェスとしては過去最大級となる 【Zipangu】をロサンゼルスで開催したクラウドナイン。代表を務める千木良卓也氏は、なぜ利益度外視でこのフェスに踏み切ったのか。日本の音楽業界が抱える構造的な課題、そして才能の海外流出という危機感まで、率直に語ってもらった。(Interview & Text: 高嶋 直子/Photo:筒浦奨太)
――5月に海外フェス【Zipangu(ジパング)】を開催されました。いかがでしたか。
千木良卓也:今回【Zipangu】を開催した理由は、フェスに挑戦することでも収益を上げることでもなく、日本人アーティストが海外にチャレンジするきっかけを作りたかったからです。なので出演してくださった皆さんが、この経験をもとに「次は北米ツアーをやってみよう」とか「アメリカでライブを開催してみよう」と思えたのであれば、【Zipangu】は成功だと言えると思っています。
会社としては、Adoのワンマン公演を開催した方が経費は1/5程度で収まりますし、より大きい会場で開催することもできたと思います。でも昨年、CEIPAが開催した【matsuri '25】は、日本のトップクラスのアーティスト3組を集めても7,000人という規模で。それくらい、みんな海外で公演をすることに対して非常に慎重です。誰かが「ここまで、いけるんだ」ということを示さないと日本人アーティストは動かないし、現地のプロモーターも日本に可能性を感じなくなってしまう。当社にはAdoがいるので、ここはアクセルを踏むタイミングだと思って開催を決めました。
うちのスタッフは今回、本当によく動いてくれました。国内フェスすら主催したことがないのに、初めてのフェスがロサンゼルスで。しかも人数でいうと10名にも満たない兼務体制でやりました。元々別のメイン業務がある上で、実働は5〜6人で【Zipangu】を回したと思います。本当に、素晴らしくやり遂げてくれましたね。
――出演アーティスト8組の開催当日のロサンゼルスでのストリーミング数を、1週間前と比較すると平均約2.4倍増加していました。
千木良:皆さん、素晴らしいパフォーマンスでしたもんね。そういう数字が結果として出てくれたのは嬉しいです。

――動員の内訳についても伺えますか。
千木良:3割がジャパニーズカルチャーのファンでした。特定のアーティストのファンではなくアニメやゲーム、食事など日本の文化が好きという人達です。行けば熱狂的に受け入れてくれるファンはたくさんいます。
――そうした熱量がある一方で、海外開催そのものの難しさもあったのではないでしょうか。
千木良:Adoの世界ツアーを開催して実感しましたが、国によってビザの取り方も違えば、源泉徴収の金額も違う。スピーカーを4台用意してもらうにしても、国によって配線の仕方も音響の仕組みも、コミュニケーションの取り方も全然違いました。でも一度やると、分かる。今回のロサンゼルスで気づいたこともあれば、別の国で開催すればそこで気づくこともあるでしょう。世界各国のルールや「当たり前」を知っている日本人を増やしていきたい、というのが本音です。
――やってみないと、分からないものですね。
千木良:現地の人にとっては「当たり前」なので、わざわざ説明してくれないんですよ。イレギュラーなことは丁寧に教えてくれるんですが、「当然でしょう」と思っていることは口には出しません。我々にとっては当たり前ではないのに、そのズレに気づかないまま本番に突入してしまうことが、世界ツアー中も結構ありました。一度やってしまえば、向こうも「日本人にとってはこれが当たり前ではないんだ」と気づくし、こちらも「これは事前に聞いておかなければいけない」とわかる。経験は大事なので、スタッフも含めてそういう機会をたくさん作っていきたいと思っています。
――【Zipangu】は、今後どのように続けていく予定ですか。
千木良:需要を作りにいくフェスとして、今後も5月のロサンゼルスは続けていきたいですね。そして9月や10月にJ-POPや日本というものの需要がある国、日本カルチャーで盛り上がっている国にも持っていければと考えています。
――先日、AdoとWME(William Morris Endeavor)とのエージェント契約も発表されました。どのようなことを期待されますか。
千木良:当社は北米にもオフィスを構えていますが、スタッフのほとんどが日本を拠点にしています。なので、日本にいるスタッフでは手の届かないところや、持っていないものを、彼らにフォローしてもらう形で一緒にやっていきます。Billboardが発表している年間興行収入ランキングで、2025年にAdoが94位に入りました。今後はこのランキングもさらに上げていきたいですね。
――来年から【グラミー賞】に「Best Asia Pop Music Performance」が新設されます。アジアの音楽を一つにまとめた賞の新設は、日本の音楽にとって追い風になると思いますか。
千木良:日本の音楽業界にとっては追い風だと思いますが、当社にとっては少し複雑な気持ちです。グラミーは取りたいと思っていましたが、アジアのトップになりたいわけではないので。これによって逆にアジアがカテゴライズされてしまうと、メインの賞にチャレンジしている中で、そちらに振り分けられてしまう可能性がありますから。
――では、新設されたからといってそこを目指されるわけではなく、あくまで最優秀楽曲賞や最優秀アーティスト賞といったところを狙っていく、と。
千木良:そうですね。ただ、賞を目指すということ自体するつもりはありません。取れたら嬉しいですし、素晴らしい賞だと思いますが賞を取るために何かをやっているわけではない。目的があってやっていて、その過程で評価されて賞をいただけるのはとても嬉しいことですが、賞が第一優先事項になることはありません。
――賞のあり方も含め、日本の音楽業界そのものについても伺いたいのですが、千木良さんは30歳で音楽業界に入られました。他業界のご経験から見て、日本の音楽業界の課題はどこにあると感じますか。
千木良:ビジネスのやり方が古すぎると思っています。感覚でやっている部分が多くて、数字よりも感覚を優先しがち。
もちろん、それには理由があります。売れるものが数字だけでは読めない業界だし、イレギュラーで爆発することもある。だからそうならざるを得ない側面もあると思っています。でも、それにしても数字の裏付けよりも人間関係や雰囲気で動きすぎている。だから再現性がないんですよね。あと、お金がなさすぎます。
【Zipangu】を開催して以降、「一緒にやりませんか」「出資したい」というお話は結構いただいているんですが、動き出しが早かったのは日本企業ではなく、圧倒的に海外――特に韓国や北米の企業でした。IPじゃないですか、音楽って。他業界の企業はIPを喉から手が出るほど欲しがっているのに、日本の音楽業界はIPの活かし方、広げ方、発展のさせ方についてはまだノウハウが足りていません。

――日本の音楽を世界に広げるための課題はどこにあるのでしょうか。
千木良:私はアジアや日本には、まだ「世界で通用したアーティスト」はいないと思っています。「世界」の定義にもよりますが、日本人が日本語で歌った音楽が世界の中心になるとも、世界のトップになるとも思っていません。ただ、今の日本のアーティストの実力やパフォーマンス能力と世界での数字とのギャップを見ると、今より上には行けると思うんです。真ん中には行かないまでも、今よりは大きな数字にはなれると思う。
アーティスト側の動機はもっとシンプルで良くて、より多くの人に自分の歌を聴いてもらいたい、海の向こうの人に届けたい、それだけで世界に出ていい。でも日本は世界の音楽市場第2位ですから、出なくても生きていける国なんですよ。内々で食べていけるし、お金持ちにもなれる。必ずしも出て行く必要はないんです。
――その「出なくても生きていける」ことが、これまで日本の音楽が内向きに完結してしまっていた一因だ、と。
千木良:そうですね。ただSNSやインターネットで世界が狭くなったことで、これから育つ子どもたちが憧れる場所や夢の大きさは、明らかに変わってきています。私が子どもの頃はテレビで音楽番組を見ていて、憧れる先が武道館やさいたまスーパーアリーナでした。でも今の子たちはSNSで世界中の情報を見て育つので、憧れる会場もアメリカや韓国のアリーナといったスケールになっていく。
その子たちが大人になってアーティストを目指したとき、夢を叶えてあげるのが事務所の仕事です。世界に連れて行ける能力のない事務所には、彼らの夢は叶えられない。そうなると、才能のあるアーティストほど韓国やアメリカの事務所に流れてしまう。これは日本の音楽業界にとって良くない事態です。
――一方で、既に日本国内で成功しているアーティストにとって、あえて海外に挑戦するのは簡単なことではないようにも思います。
千木良:一度売れたアーティストは車で迎えに来てもらうのが当たり前になり、スタッフが何人もいて、ローディーもたくさんいて、食べたいときにご飯を食べられます。それが海外に出ると、迎えに来てもらえない、ローディーもいない、音は漏れる、スピーカーは割れる――そんなライブハウスで新人からやり直すことになる。「初心忘るべからず」と言いますが、難しいですよね。
もう一度チャレンジするには相当なエネルギーとストレスが必要で、しかも日本にいた頃より稼げなくなるリスクもある。わざわざ挑戦する必要があるのかというと、簡単な話ではありません。よほど強い思いを持っている人でないと続けるのは難しい。それはアーティスト本人だけでなくスタッフも含めてです。
――クラウドナインという会社は、そのなかでも挑戦を続けている、と。
千木良:クラウドナインという会社は、日本の才能が外に出ていってしまうかもしれないという危機感をエネルギーとして持っています。Adoもお金を稼ぎたいわけではなく、日本の音楽や「ボカロ業界」というものを世界に広げたい、そのためならできる限りなんでもやるという強いエネルギーを持っている。なので世界ツアーを続けることができています。だからこそ日本にもちゃんとアーティストを世界に連れて行ける事務所がなければいけないし、そのために今、経験を積んでおくべきだと思っています。海外でライブをやりたい、海外に出たいという事務所があるなら一緒に頑張りたいですし、手伝えることは手伝いたい。そういう会社が一つでも増えてほしい、というのが我々の本音です。

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